【裁判例に学ぶ、職場のリスク管理】上司の叱責、どこまでが「指導」でどこからが「パワハラ」か ― 精神的攻撃型の裁判例2件

2026.10.24
ハラスメント

本連載では、実際に裁判で争われたハラスメントやメンタルヘルス関連の事例を、厚生労働省などの公的機関が紹介している裁判例をもとに取り上げています。
自社での判断や研修の参考として、実際の判決がどのような事実をどう評価したのかを知っておくことは役立ちます。
今回は、職場のハラスメント予防・解決に向けた情報を発信している厚生労働省のポータルサイト「あかるい職場応援団」で紹介されている裁判例をもとに、パワハラの6類型のうち「精神的な攻撃型」に分類される2つの事例を取り上げます。
いずれも「上司の指導」と「精神的な攻撃」の境界線が争点になりました。

厳しい叱責が「指導の範囲内」とされた例:前田道路事件(松山地判平20.7.1/高松高判平21.4.23)

事案の概要:不正経理の是正を求める叱責と、その3日後の自殺

建設会社の営業所長Aは、不正経理(架空出来高の計上)を行っていました。
上司が是正を指導しましたが1年近く改善されず、上司はAに対し、日報報告の際に電話で繰り返し叱責するとともに、業績検討会の場でも「会社を辞めても楽にならない」旨の発言をしました。
その3日後、Aは「怒られるのも、言い訳するのも、つかれました」との遺書を残して自殺し、遺族が会社側に損害賠償を求めました。

判決のポイント:地裁はパワハラと認定、高裁は認めず判断が逆転

地裁は、不正経理の改善目標が達成困難だったことや叱責の態様の厳しさを重視し、上司の言動は「社会通念上許される業務上の指導の範疇を超える」として約3,000万円の賠償を認めました。
しかし高裁は一転、1年近く是正が行われなかった経緯を重く見て、「ある程度の厳しい改善指導は、上司らのなすべき正当な業務の範囲内」と判断し、請求を棄却しました。

コメント

「あかるい職場応援団」の解説では、地裁と高裁で結論が分かれた理由について、上司の叱責に至る経緯の評価の違いが挙げられています。
地裁は、不正経理の解消目標が達成困難だった点を重視し、叱責の態様が厳しかったことから違法と判断しました。
一方、高裁は、目標値自体は過剰なノルマにあたらないとした上で、1年近く改善が見られなかった経緯を重く評価し、違法性を否定しています。
また、高裁判決は「ある程度の厳しい改善指導をすることは、上司らのなすべき正当な業務の範囲内」と述べる一方、「ある程度の」という留保も付けており、解説ではこの点についても言及されています。

上司に悪意がなくても「パワハラ」と認められた例:A保険会社上司(損害賠償)事件(東京地判平16.12.1/東京高判平17.4.20)

事案の概要:「辞めるべき」と記したメールを、同僚十数名にも送信

上司Yは、部下Xに対し「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います」などと記載したメールを、X本人だけでなく職場の同僚十数名にも送信しました。
Xはこのメール送信を不法行為だとして損害賠償を求めました。

判決のポイント:一審は認めず、二審はパワハラ(不法行為)と認定

二審が問題視したのは、送信目的自体(処理件数の向上を促す趣旨)は是認できるとしても、「退職勧告」とも受け取れる表現や、Xの給与に見合う成果を暗に否定するような文言が、本人以外の同僚十数名にも送られていた点です。
表現方法・送信範囲が「指導・叱咤激励として許容される限度を逸脱した」と判断され、5万円の賠償が認められました。

コメント

「あかるい職場応援団」の解説では、上司の言動の目的が部下を叱咤することにあり、パワーハラスメントの意図がなかったとしても、損害賠償責任を負う場合があること、またメールで注意指導する際には、表現内容だけでなく送信先にも配慮が必要であることが指摘されています。

まとめ

今回紹介した2つの事例は、いずれも「上司の指導」と「精神的な攻撃」の境界線が争われたものですが、結論は分かれました。
前田道路事件では最終的に指導の範囲内とされ、A保険会社上司事件ではパワハラ(不法行為)と判断されています。
実際の裁判でどのような事実がどう評価されたか、管理職向けの研修などの参考にしましょう。

<参考>
厚生労働省「あかるい職場応援団」「裁判例を見てみよう」
・ 第2回
・ 第56回

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