2026年10月1日から、厚生労働省の「パワーハラスメント防止指針」の改定が適用されています。
正式には「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)といい、2026年2月26日付の厚生労働省告示第53号で、一部が改められました。
同じ10月1日には、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策と、求職者に対するセクシュアルハラスメント(就活セクハラ)対策が、事業主の義務となりました。
告示第53号は、これらの義務化を定めた法律の施行に伴い、関係する指針を整える形で出されたもので、パワハラ指針もその対象となっています。
この記事では、パワハラ指針の改定点に絞って、産業保健の現場で押さえておきたい視点とあわせて解説します。
パワハラ防止指針の改定点
今回の改定点は、次の表のとおりです。
| 項目 | 改定後(2026年10月1日適用) | 改定前(2020年6月1日適用) |
|---|---|---|
| 商品の買い取り強要など(いわゆる「自爆営業」) | 三要素をすべて満たす場合はパワハラに該当すると明記 | 記載なし |
| 個の侵害の例 | 性的指向・ジェンダーアイデンティティなどの機微な個人情報を、本人の了解なく暴露すること、または本人が開示することを禁止する・強要すること | 本人の了解なく暴露すること |
| 用語 | ジェンダーアイデンティティ | 性自認 |
| 顧客などの著しい迷惑行為に関する望ましい取組(指針の7) | 削除 | あり |
| 条番号 | 法第31条など | 法第30条の2など |
一方、パワハラの定義(三要素)、代表的な6つの類型、事業主が講ずべき措置の枠組みは、変わっていません。
パワハラの三要素
三要素とは、「優越的な関係を背景とした言動」「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」「労働者の就業環境が害されるもの」です。
この3つをすべて満たすものがパワハラとされ、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は含まれない、という整理も従来のままです。
事業主が講ずべき4つの措置
事業主が講ずべき措置は、方針の明確化と周知・啓発、相談体制の整備、事後の迅速かつ適切な対応、そしてプライバシーの保護と不利益取扱いの禁止、の4つです。
具体的にはどう変わった?
商品の買い取り強要(いわゆる「自爆営業」)が明記された
改定後の指針には、「事業主が労働者に対し、本人の自由な意思に反して、自社の商品やサービスを購入させる行為(商品の買い取り強要等)に関連する言動も、三要素をすべて満たす場合には、パワハラに該当する」という点も加わりました。
ノルマの達成などのために、従業員が自社の商品やサービスを自費で買い取らされる状況は、いわゆる「自爆営業」と呼ばれることがあります。
指針には、いわゆる「自爆営業」という言葉そのものは出てきませんが、いわゆる「自爆営業」にあたる行為は、この「買い取り強要等」に含まれ得ると考えられます。
点検しておきたい慣行
指針は、買い取り強要等について具体例を挙げていません。
個別の状況で判断することになるため、営業ノルマの設定や、社内販売、制服や備品の購入の求め方などが、断りにくい強制になっていないか、あらためて点検しておくとよいでしょう。
性的指向・ジェンダーアイデンティティに関する開示の禁止・強要が加わった
パワハラの類型のうち「個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)」の、該当すると考えられる例が拡充されました。
改定前は、労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療などの機微な個人情報を、本人の了解なく他の労働者に暴露することが、例として挙げられていました。
性的指向・ジェンダーアイデンティティに関する侮辱的な言動が「精神的な攻撃」の例に含まれることや、本人の了解を得て、必要な範囲で人事労務部門の担当者に情報を伝え、配慮を促すことはパワハラに該当しない例とされていることも、改定前から変わりません。
今回加わった例
改定後は、暴露に加えて、本人が開示することを禁止する、または強要することも例に加わりました。
いわゆる「カミングアウト」の強要や禁止にあたる行為です。
指針は、これらの例は限定列挙ではなく、個別の事案の状況によって判断が異なる場合もあるとしています。
また、用語は「性自認」から「ジェンダーアイデンティティ」に改められました。
精神的な攻撃の例、個の侵害の例、相談者・行為者等のプライバシーに関する記載の各所で、同じ言い換えが行われています。
企業と産業保健スタッフが確認したいポイント
指針は、企業に対して、パワハラの内容を労働者に周知・啓発することを求めています。
すでに適用が始まっていますので、周知資料や社内規程に具体例を載せている場合は、まだ見直していなければ、改定内容に合わせて確認しておくと安心です。
- 社内規程・周知資料:パワハラの例示や、条番号の記載を見直す
- 営業ノルマや社内販売、物品購入の慣行:買取の強要などが行われていないか点検する
- 管理職向けの研修:買い取り強要等と、ジェンダーアイデンティティに関する情報の扱いを、説明に含める
- 相談窓口の担当者への周知:指針は、パワハラに該当するか微妙な場合でも、広く相談に対応することを求めている
- 機微な個人情報の取扱いルール:本人の了解なく共有しない、共有は必要な範囲にとどめる
産業保健スタッフの視点
指針は、事後の対応として、被害者に対する配慮の措置の例に、管理監督者または事業場内産業保健スタッフなどによる、被害者のメンタルヘルス不調への相談対応を挙げています。
この点は今回の改定による変更ではありませんが、買い取り強要等や、開示の強要などで悩む労働者が、産業医や保健師の面談で相談する場面は、今後あり得ます。
また、面談では性的指向やジェンダーアイデンティティ、病歴などの機微な情報に触れることがあります。指針の考え方に沿えば、本人の了解なくほかの人に伝えないこと、伝える場合は了解を得て必要な範囲にとどめることが、基本になります。
実務上は、面談の記録の扱いや、人事労務部門への情報提供の範囲を、事前にそろえておくとよいでしょう。
まとめ
ここまで解説したように、2026年10月1日から、パワハラ防止指針の改定が適用されています。
改定点は、商品の買い取り強要(いわゆる「自爆営業」)の明記、ジェンダーアイデンティティに関する開示の禁止・強要の追加、顧客等の迷惑行為に関する項目の削除の3点です、
用語と条番号も整理されました。三要素など、パワハラの基本的な枠組みは変わっていません。
まずは、社内規程や周知資料、ノルマや購入の慣行、相談窓口と機微な情報の扱いを、あらためて確認してみてください。
<参考>
・厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)【令和8年10月1日適用】(PDF)」
・厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)【令和2年6月1日適用】(PDF)」
・厚生労働省「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律の施行に伴う厚生労働省関係告示の整備等に関する告示(令和8年厚生労働省告示第53号)」
・厚生労働省「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律の施行に伴う厚生労働省関係告示の整備等に関する告示案要綱(PDF)」
・厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」