生活習慣病やサルコペニア(*1)、ロコモティブシンドローム(*2)、フレイル(*3)などの予防のために、運動が非常に重要であることは周知の事実です。しかし、日常的に運動をするのはなかなか難しいと感じる方も多いのではないでしょうか。
十分な運動をするに越したことはないですが、忙しい日々の中で時間をとるのが難しかったり、運動が苦手だったりと運動へのハードルが高く感じる方もいるかと思います。
今回は運動が苦手な方でもこまめに動いてほしい理由を解説します。
(*1)サルコペニア:全身の筋肉が減少すること
(*2)ロコモティブシンドローム:運動に必要な身体がうまく動かなくなる状態
(*3)フレイル:要介護一歩手前の状態
日本人はどのくらい運動している?運動不足が死亡の原因になることも!
厚生労働省から出ている令和元年「国民健康・栄養調査」で、運動習慣(1回30分以上の運動を週2回以上実施し、1年以上続いている者)のある者の割合は、男性で33.4%、女性は25.1%という結果がでています。年齢階級別にみるとその割合は、男性で40歳代、女性では30歳代で最も低く、それぞれ18.5%、9.4%となっています。
働き盛りの世代は仕事や家事、育児などさまざまなことに追われている場合も多く、なかなか運動を習慣化できていない現状がありそうです。
運動不足が続くと体力や持久力が低下し、身体の活動量が減少します。さらに進むと筋力が衰え、立ったり歩いたりすることも難しくなり生活の質が著しく低下します。高齢者になると運動不足による筋力の衰えにより骨折や転倒をしやすい状態になり、介護リスクが高くなる可能性もあります。
また、肥満やメタボリックシンドロームを引き起こしやすくなり、高血圧や脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病のリスクも上昇します。
そして、渋谷健司「我が国の保健医療制度に関する包括的実証研究」で、運動不足が原因による死亡は、毎年約5万人と結果が出ています。
時間が足りない場合にどの行動を削るかは人それぞれですが、運動が削られることはやはり多いと日々の面談でも感じます。しかし今は特に支障がなくても、そのツケが数十年後にやってきます。
運動はどのくらい必要?どんな効果がある?
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動基準2013」によると、18~64歳の働き盛りの世代は、以下の身体活動量が望ましいといわれています。
・身体活動(=生活活動(*4)+運動(*5)):3メッツ(*6)以上の強度の身体活動(歩行またはそれと同等以上)を毎日60分
・運動:3メッツ以上の強度の運動(息がはずみ汗をかく程度)を毎週60分
運動はさまざまな疾患を予防することや体力、筋力維持に有効ですが、それ以外にも重要なメリットがあります。
脳の活性化
ボストン大学などの研究チームによると、40歳のときに運動不足だった人は、20年後に脳が早く萎縮するという研究結果が出ています。脳細胞を増やし、既存の脳細胞を活性化させる役割もあるといわれています。40歳の時点でウォーキングやランニングなどですぐに息切れしてしまう人は注意が必要です。
メンタルヘルスの不調を減らす
『British Journal of Sports Medicine』に掲載されている研究で、運動はうつや不安、苦痛などの症状を著しく改善するという結果があります。運動するとセロトニンやエンドルフィンというホルモンが分泌されます。これらは精神を安定させる働きをもちます。
また、運動中は心配や不安なことを考えることから遠ざけてもくれるため、不必要に悩む時間も減らすことができます。
疲れがとれやすくなる
逆に身体を動かす機会が減ってくることによる疲労というのもあります。デスクワークの方も多いかと思いますが、同じ姿勢でいることにより血流が悪くなり、倦怠感や肩こり、腰痛などさまざまな不調をもたらす可能性があります。
運動すると当然疲労を感じます。しかし、その疲労は睡眠の量や質を高めるといわれているので、「疲れているはずなのに眠れない」という場合は、神経も興奮し休まっていない状態です。軽いストレッチや運動をとり入れることにより、呼吸が深く活発になるため、疲労回復効果を得ることができます。
(*4)日常生活における労働や家事、通勤、通学などの身体活動のこと
(*5)スポーツなど、特に体力の維持や向上を目的として、計画的、意図的に実施し継続性のある身体活動のこと
(*6)メッツ:身体活動の強度を表し、安静座位時を1としてその何倍のエネルギーを消費するかという活動強度の指標のこと
1日4分で発がんリスクを減少!今日から始めよう!
運動することの大切さや必要時間は理解したものの、「そんなに時間はとれない」「運動苦手で無理」などと思われる方もいるかもしれません。そこで紹介したいのが「VILPA(ヴィルパ)」というものです。VILPAが発がんリスクを減少させるという嬉しい研究結果がでました。
VILPAとはVigorous Intermittent Lifestyle Physical Activityの頭文字をとったもので、日本語にすると「日常生活中の断続的な高強度の身体活動」です。
この研究では活動量計のウェアラブルデバイスで入手したデータを使用して、2万人以上の「ほとんど意識して運動をする習慣のない」人たちの日常生活での身体活動を追跡しました。
その結果が以下になります。
・VILPAを毎日3.5分以上行うと、何もしないでいるのに比較し、がんの発症リスクが最大18%減少する
・VILPAを毎日4.5分行うと、何もしないのに比較し、がんの発症リスクが最大で32%減少する
・1分間のVILPAであれば、ほとんどの人は毎日行うことが苦にならず、92%が実行できた。習慣化すれば、その時間を増やすことも難しくないことが判明した
もちろんしっかり運動に取り組んでいる方があらゆる効果を享受できるので、運動するに越したことはありませんが、断続的な少し負荷のかかる動きでもがんの発症リスクを抑えることができます。初めから頑張りすぎると継続することが難しく、結局やめてしまったとなることも少なくありません。無理せず続けられることから始めてみましょう。
<VILPAの一例>
・通勤や通学、ウォーキングをする際はなるべく早歩きする
・電車やバスの1駅分をいつもより多く歩く
・車を使わず徒歩で用事をすます
・エレベータやエスカレーターではなく階段を使う頻度を増やす
・食料品店で重い買い物をして運ぶ
・子どもと外で体を使った遊びをする
<参考>
・厚生労働省「令和元年国民健康・栄養調査結果の概要」
・渋谷健司「我が国の保健医療制度に関する包括的実証研究」
・厚生労働省:「身体活動基準の見直しについて(案)」
・Nicole L. Spartano、Jayandra J. Himali、Alexa S. Beiser、Gregory D. Lewis、Charles DeCarli、Ramachandran S. Vasan、Sudha Seshadri「Midlife exercise blood pressure, heart rate, and fitness relate to brain volume 2 decades later」(『Neurology』2016年4月)
・Ben Singh、Timothy Olds、Rachel Curtis、Dorothea Dumuid、Rosa Virgara、Amanda Watson、Kimberley Szeto、Edward O’Connor、Ty Ferguson、Emily Eglitis、Aaron Miatke、Catherine Em Simpson、Carol Maher「Effectiveness of physical activity interventions for improving depression, anxiety and distress: an overview of systematic reviews」(『British Journal of Sports Medicine』2023年2月)
・シドニー大学「Short bursts of daily activity linked to reduced cancer risk」