日本では36協定により、月45時間・年360時間を超える時間外労働は、臨時的かつ特別な事情がないと定められています。
しかし、一部の企業では上限を大きく超える違法な時間外労働が行われているのも事実です。
厚生労働省は2023年8月に「長時間労働が疑われる事業場に対する2022年度の監督指導結果」を公表しており、2022年度に監督指導が実施されたのは33,218事業場にのぼります。
これは、監督対象事業場の範囲が月100時間の時間外労働から、月80時間に拡大された2016年以降で最低の数字となっています。
年度 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 |
監督指導実施事業場 | 23,915 | 25,676 | 29,097 | 32,981 | 24,042 | 32,025 | 33,218 |
うち、労働基準関係法令違反があったもの | 15,790 (66.0%) | 18,061 (70.3%) | 20,244 (69.6%) | 25,770 (78.1%) | 17,594 (73.2%) | 23,686 (74.0%) | 26,968 (81.2%) |
上記の表を見ると、2020年のみコロナウイルスの影響から大きく減少しているものの、ほぼ右肩あがりで増加を続けていることがわかります。
この記事では、違法長時間労働が認められた事例から、実際に労働基準法関連違反となった場合の処遇や、残業が多い職場での従業員に対するケアをご紹介します。
違法な長時間労働が認められた事例を紹介
厚生労働省は、違法な長時間労働によって労働基準監督署が指導を行った事例を公開しています。
労働基準監督署が指導を行った事例①
従業員100人以上勤務している倉庫業の事業場で立入調査を実施した事例です。
商品の仕分け作業に従事している11人の従業員について、労働基準法で定められた月100時間、複数月平均80時間を超える時間外労働が認められました。
最も時間外労働を行っている従業員は、1ヶ月あたり201時間に及ぶ違法な時間外・休日労働が行われていたことがわかっています。
人員体制の整備が不十分だったことに加えて、50人以上の事業場では義務となっているストレスチェックも実施されておらず、ずさんな従業員の管理体制が明らかになりました。
この事業場について労働基準監督署は、時間外・休日労働を1ヶ月あたり80時間以内にするように指導しました。
また、ストレスチェックを実施していないことに対して是宣勧告を行いました。
労働基準監督署が指導を行った事例②
約80人の従業員が働くゴルフ場での事例です。
この事業場では、コース管理業務に従事する労働者が急性心不全で死亡しており、長時間労働を原因とする労災請求がされており、立入調査が実施されました。
死亡した労働者の勤務時間を確認したところ、労働基準法で定められた上限時間を超える1ヶ月あたり136時間の時間外・休日労働が確認されています。
また、当該事業者に対して、時間外労働時間に関する情報をなんら通知しておらず、休日労働に対する割増賃金を全額支払っていないことが調査でわかりました。
この事業場についても労働基準監督署は、時間外・休日労働を1ヶ月あたり80時間以内にするように指導し、月に80時間を超える場合は必ず労働時間に関する情報を通知するよう勧告しています。
労働基準法関係違反が認められた場合
悪質な労働基準法違反が認められた場合、送検・起訴される可能性があります。
もちろん、長時間労働の存在を認めながら放置していた場合も同様です。
刑事事件に発展し事業者が逮捕されてしまえば、企業のイメージダウンは避けられず、企業運営において甚大なダメージが生じます。
また、2つ目の事例のように、長時間労働による労災が発生している場合、企業は安全配慮義務違反に問われる可能性が高く、高額の賠償金や示談金が発生するでしょう。
それだけでなく、悪質な労働基準法違反企業については、各都道府県の労働局によって企業名が公表されます。
労働基準法違反企業として公表されると、世間からは「ブラック企業」と認識されてしまうため、特に採用においては致命的な痛手となるでしょう。
各労働局での掲載期間は1年となっているものの、もしSNSなどに出てしまえば、半永久的にその情報を消すことができず、悪いイメージの払しょくにはかなりの時間を要します。
企業が成長して大きくなっていけば、それだけ労働基準法違反も目につきやすくなるため、早めに産業医の選任やストレスチェックの導入を行い、産業保健を充実させていくことを強くおすすめします。
残業の多い職場で必要なケア
ここまで長時間労働を放置する危険性について述べてきましたが、職種によってはある程度の時間外・休日労働は避けられない場合もあるでしょう。
大切なのは残業を完全にゼロにするのではなく、労働時間の長くなっている従業員に対して、時間外・休日労働に関する情報提供を行い、必要なケアを実施することです。
月に80時間の時間外・休日労働を超えている、かつ申し出があった従業員に関しては産業医による面談を実施する義務があります。
月に80時間以上の時間外労働が発生している従業員は、たくさんの業務を抱えている可能性が高く、時間的な余裕のなさから産業医面談を申し出ない人が多いかもしれません。
しかし、いまは何も問題がなくとも、ストレスや疲労が少しずつ蓄積して労災につながる場合も多いため、できるだけ産業医面談を申し出るように、従業員に勧奨していくことが求められます。
ストレスチェックも必要なケアのひとつです。
ストレスチェックでは、長時間労働によってストレスを抱えている従業員を見つけだし、産業医面談を実施するなどの対応を行うことができます。
また、ストレスチェックの最大の目的としてあるのが、自分のストレスへの気づきを促す点です。
ストレスは自分では気がつきにくく、長時間労働で精神的に大きくすり減っているにもかかわらず、無理をしてメンタルヘルス不調に陥る場合が多くみられます。
そのため、ストレスチェックを行い、自分のストレスへの気づきを促すことで、自分の状態を把握し、仕事をセーブするなどの対応を自ら行えるため、非常に有効なケアとなるでしょう。
もちろん、労働基準法で定められた時間外・休日労働時間を守ることは大前提であり、ノー残業デーの導入や人員体制の整備、作業標準化などによって、できるだけ残業を少なくしていく努力は企業として必ず必要です。
しかし、突発的な事態や繁忙期などによって、どうしても残業をせざるを得ない場面はでてきます。
そうしたときに、「短期間だから問題ないだろう」と決めつけずに、しっかりとケアを行い、労災を未然に防ぐ行動が求められています。
<参考>
・ 厚生労働省「長時間労働が疑われる事業場に対する令和4年度の監督指導結果」
・ 厚生労働省「長時間労働が疑われる事業場に対する令和2年度の監督指導結果」
・ 厚生労働省「長時間労働が疑われる事業場に対する平成30年度の監督指導結果」
・ 厚生労働省「平成28年4月から平成29年3月までに実施した監督指導結果」
・ 厚生労働省「労働基準関係法令違反に係る公表事案(令和4年7月1日~令和5年6月30日公表分)(PDF)」