2023年9月1日に厚生労働省は、「心理的負荷による精神障害の認定基準」を改正し、「カスハラ」と「感染症リスク」を新たに労災認定基準へと加えました。
「カスハラ」と「感染症リスク」に関しては以前から専門家による話し合いが行われており、2023年7月の専門家検討会の報告書を受けて、労災認定基準が改正された格好です。
この記事では、2つの新たな労災認定基準のうち「カスハラ」に焦点を当てて、改正となった背景や定義について詳しく解説していきます。
「カスハラ」による精神障害が労災に認定
「心理的負荷による精神障害の認定基準」において改正されたのは主に以下のポイントです。
●業務による心理的負荷評価表の見直し
・具体的出来事「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント)を追加
・具体的出来事「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」を追加
・心理的負荷の強度が「強」「中」「弱」となる具体例を拡充(パワーハラスメントの6類型すべての具体例の明記等)
●精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し
・悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」がない場合でも、「業務による強い心理的負荷」により悪化したときには、悪化した部分について業務起因性を認める
●医学意見の収集方法を効率化
・専門医3名の合議により決定していた事案について、特に困難なものを除き1名の意見で決定できるよう変更
出所:厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」
心理的負荷評価表は、実際の業務で発生した出来事と照らし合わせてストレスの強さを弱・中・強から判断するものであり、労災が疑われる事案が発生した際に、その出来事による心理的負荷の度合いを決定するための重要な基準になります。
今回の改正は、社会情勢の変化を踏まえて、心理的負荷評価表の明確化による適切な認定と審査の迅速化、請求の容易化が狙いです。
カスハラとは
カスハラとはカスタマーハラスメントの略で、商品やサービスに対する不当な言いがかりなどによって、従業員の心身を害する行為を指します。
厚生労働省が発表した資料内では、「企業や業界によって顧客への接し方や基準が異なるので定義を明確にはできない」と前置きしたのちに、以下の行為がカスハラに当たるとの見解を示しています。
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
出所:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」
顧客からの要求の内容が妥当性を欠いている場合は、たとえ身体への攻撃や謝罪の強要などがなくても、カスハラに認定される可能性が高いでしょう。
一方で、要求が正当なものであっても、下記の悪質な行為があった場合にはカスハラに該当します。
●カスハラに該当する不当な行為
・暴行
・脅迫、誹謗中傷、暴言
・威圧する行為・言動
・土下座の要求
・継続的で執拗な行為・言動
・居座り、監禁
・差別的な言動
・性的な言動
・従業員個人への攻撃
カスハラが労災に認定された背景
カスハラが労災に認定された背景には、労働者をとりまく職場環境の変化があります。
2023年に発表された厚生労働省の調査では、2022年度の精神障害による労災請求件数は2,683件、そのうち請求決定したものは1,986件と、どちらも過去最高件数でした。
労災件数の増加は、労災保険制度の浸透に加えて、業務の複雑化や職場環境の変化が原因として考えられており、こうした社会情勢の変化に対応していくために、労災認定基準の改正が行われています。
実際に、厚生労働省の調査では、過去3年間に職場でカスハラを受けたことがある労働者の割合は15%となっており、セクハラ被害の10.2%を超えています。
また、過去3年間にハラスメント相談があった企業のうち、カスハラに該当する事案があった企業は92.7%にも上り、早急な対応が求められていました。
カスハラへの対応を企業ごとに明確化すべき
労災基準への追加からわかるとおり、カスハラは社会的な問題となりつつあり、企業の対策は急務です。
しかし、顧客対応は非常にデリケートな問題であるのも間違いありません。
業種や業態、企業文化・風土などの違いから、顧客への接し方や基準は企業ごとに異なると考えられます。
そのため、企業ごとに判断基準を明確にしたうえで、カスハラへの考え方や対応方針を統一し、現場と共有して適切な対応の実施が求められるでしょう。
カスハラは、従業員のパフォーマンスを低下や体調不良、休職、退職を招くだけでなく、業務進行やほかの顧客に対しても悪影響を及ぼすでしょう。
また、過去にはカスハラに対して不適切な対応を行ったため、管理監督者側の安全配慮義務違反が認められた事例もあります。
企業はカスハラも重大なハラスメントのひとつだということを理解し、従業員を守るために適切な対応をとる必要があるでしょう。
厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」
厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
厚生労働省「精神障害の労災補償状況」
厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」
甲府市「甲府市職員措置請求に係る監査結果」