【炭水化物を正しく理解する 前編】夜の糖質制限が招く健康リスクと糖新生のメカニズム

はじめに

保健指導で対象者の方にヒアリングをしていると、こんな言葉をよく耳にします。

「お酒を飲む代わりに夜お米を食べない生活を続けています」
「夜はダイエットのために白米の代わりに豆腐とおかずだけ食べています!」

炭水化物は太るという印象からか、街中でも糖質カットの商品がとても目立つようになり、糖質制限というキーワードが糖尿病患者ではない方の間でも使用されるようになりました。
しかし、医療職の立場としては、この「糖質=悪」という風潮に警鈴を鳴らす必要があると考えています。

本記事では、夜に炭水化物の摂取をしない場合の健康リスクについて、全2回にわたってお伝えしていきます。
前編となる今回は、糖質不足が身体に及ぼす影響と糖新生のメカニズムを解説します。
後編では、お酒を飲む代わりに炭水化物を抜くことの危険性や、夜の炭水化物が睡眠に与える影響について詳しくご紹介する予定です。

食事は栄養バランスが大切であり、食べすぎが良くないのと同様に食べなさすぎも良くありません。
特に夜アルコールを摂取される方や、ダイエットをしている方こそ、炭水化物は適切に摂取いただきたいです。
正しい知識を身に着けて、食生活のヘルスリテラシーを高めていきましょう!

炭水化物の役割を捉えなおしてみよう

まずは糖質や炭水化物とは何なのか、その役割や必要な摂取基準といった前提知識を振り返る必要があります。

概要役割食事摂取基準(目標量)
炭水化物糖質と食物繊維の総称組織のエネルギー源50~65%エネルギー
糖質炭水化物の9割以上を占めるエネルギー源として脳や筋肉といった組織にブドウ糖を供給する指標なし
食物繊維炭水化物のうち数%を占めるエネルギー源にはならないが、腸内環境を改善し、脂質の吸収を穏やかにする成人男性:20~22g/日以上
成人女性:17~18g/日以上

炭水化物=糖質+食物繊維

炭水化物は糖質と食物繊維から構成されます。
炭水化物の種類にもよりますが、その内訳は糖質が9割以上を占めることが多く、食物繊維は数%に止まります。
そのため、栄養学的にみた炭水化物の重要な役割は、必然的に糖質の役割に由来するエネルギー源としての機能が大きくなります。
皆さんが義務教育で学んだ炭水化物は「体のエネルギー源になる」というのは、そういった背景があります。

1日の摂取カロリーの半分は炭水化物が必要

糖質は分解されるとブドウ糖(グルコース)になりますが、私たちの体には、通常ブドウ糖しかエネルギー源として利用できない組織があることはご存じでしょうか。
有名なのは脳ですね。
そのほかにも、神経組織、赤血球、腎尿細管、精巣、酸素不足の骨格筋などもエネルギー源としてブドウ糖しか利用できません。
これらの身体の組織を稼働し続けるためにも、炭水化物は必要不可欠ということです。
実際に、1日の総エネルギー摂取量の内、50~65%は炭水化物で摂取するという基準が厚労省によって設定されています。
つまり、1日の摂取カロリーの内、半分は炭水化物で補う必要があるということです。

食物繊維はエネルギー源にはならないものの、腸内環境の改善や脂質の吸収を穏やかにするといった役割があります。
通常の食生活であれば食物繊維の過剰摂取の心配はなく、むしろ意識的に摂取しなければ不足しがちになる栄養素です。
実際、厚生労働省「令和5年 国民健康・栄養調査の結果」によると、20歳以上の食物繊維の摂取量の中央値は男性で18.3g、女性で16.5gとなっており、食事摂取基準(成人男性20~22g/日以上・成人女性17~18g/日以上)と比較すると、過半数がその目標量を満たしていないことがわかります。

白米(炭水化物)を抜くことの健康リスク

炭水化物を抜くことで想定されるリスクは2つあります。
1つ目は、糖質と食物繊維の摂取量が減ること。
2つ目はおかずの摂取量が相対的に多くなり、脂質やタンパク質の摂取量が増えることです。
それぞれの健康リスクについて解説します。

糖質と食物繊維の摂取が減るリスク

エネルギー源として通常ブドウ糖しか利用できない組織があるのは前述のとおりですが、脳は主にブドウ糖をエネルギー源として利用しており、不足すると集中力や記憶力が低下する可能性があります。
骨格筋も酸素が不足する状況ではブドウ糖を必要とするため、運動後の疲労感が強くなることがあります。
こうした状態が続くと、日常生活や仕事のパフォーマンス低下につながりかねません。

では、ブドウ糖が不足した場合、私たちの身体はどのように対応するのでしょうか。
結論は「糖新生」です。
糖新生とは、糖質以外の物質からブドウ糖(グルコース)を合成する仕組みで、主に肝臓と腎臓で行われます。
糖質以外の物質とは、乳酸、グリセロール(脂肪分解で生じる)、アミノ酸(タンパク質分解で生じる)が利用されます。
実際にブドウ糖が不足すると、まず肝臓と筋肉に貯蔵されているグリコーゲンが分解されます。
これが枯渇すると、身体は糖新生を活発化させ、筋肉タンパク質や脂肪分解で生じるグリセロールを利用してブドウ糖を合成します。
その結果、極端な糖質制限を続けることで筋肉量が減少し、基礎代謝が低下して痩せにくい体質になる可能性があります。
筋肉量が減るとエネルギー消費量が減り、長期的には脂肪燃焼効率も低下します。健康的な減量には、適切な糖質摂取が重要です。

また、食物繊維は多くのメタ分析で多数の疾患との間に有意な負の関連が報告されている稀な栄養素です。
具体的には、食物繊維摂取量が多いほど、心筋梗塞や循環器疾患の発症および死亡率、乳がんや大腸がんの発症率が低くなることが明らかになっています。
また、食物繊維摂取量が多いと、体重や収縮期血圧、総コレステロール値が低く、排便頻度が高いことなどが報告されています。

炭水化物を抜いてしまうことは、こんなに素晴らしい働きをしてくれる食物繊維の摂取を意図せず制限してしまうことになるのです。

脂質やタンパク質の摂取が増えるリスク

食事から炭水化物を抜いた場合、その分お腹を満たそうとして、炭水化物を摂取する時と比較してどうしてもおかずの量が増えがちになります。
結果として動物性食品が増え、飽和脂肪酸やコレステロールの摂取は増えてしまいます。
また、タンパク質の過剰摂取は腎臓の負担をかけ、腎機能の低下や尿酸値上昇(痛風リスク)を招くことが考えられます。

おわりに

適切に炭水化物を摂取することの重要性がおわかりいただけたでしょうか。
実は、これ以外にも炭水化物を抜くことによる健康面のデメリットが沢山あります。
第2弾では、お酒を飲む代わりに炭水化物を抜くことの健康リスクなども含めて執筆予定です。炭水化物に関する知識をアップデートし、健康的な食生活を心がけましょう!

<参考>
・ 厚生労働省「『日本人の食事摂取基準(2025年版)』策定検討会報告書 Ⅱ各論 1-4 炭水化物」
・ 国立研究開発法人国立がん研究センター「多目的コホート研究 低炭水化物食と死亡リスクとの関連」
・ 厚生労働省「令和5年国民健康・栄養調査報告 第1部 栄養摂取状況調査の結果」

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前川 アイ株式会社ドクタートラスト 保健師

投稿者プロフィール

地域で潜在的に困っている方の助けになりたいという想いから保健師を志し、大学で看護師資格を取得後、大学院にて保健師資格を取得しました。学びを深めるなかで、人生で最も長い働く世代の健康を考えられる産業保健に興味を持ち、ドクタートラストに入社いたしました。
健康に関する発信をしていくことで、一人でも多くの方が生きがいを持って笑顔で働けるお手伝いをさせていただければと思っております。
【保有資格】修士(公衆衛生看護学)、保健師、看護師
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