
公益財団法人日本生産性本部は、2025年7〜8月に実施した「メンタルヘルスの取り組み」に関する第12回企業アンケート調査結果を公表しました。
本調査は、コロナ禍を経て働き方が多様化する現代において、企業が直面するメンタルヘルス課題の実態を浮き彫りにしています。
調査結果から見えてきたのは、若年層における「心の病」の深刻化、依然として高い「心の病」の増加傾向、そしてウェルビーイング経営への広がりと、それに伴う新たな課題です。
働く基盤としてのメンタルヘルス対策を改めて見直し、積極的な取り組みを推進するための重要な示唆が含まれています。
深刻化する若年層のメンタルヘルス:10~20代が最多に
今回の調査で最も注目すべき点は「心の病」が最も多い年齢層として、10~20代が前回(2023年)に引き続き最多となったことです。
10~20代と回答した企業の割合は、2014年調査と比較して約2倍の水準に達しており、若年層におけるメンタルヘルスの課題が定着し、深刻化していることが明らかになりました。
過去の傾向との比較
従来の調査では、仕事の責任が重くなるが管理職ではないという「責任と権限のアンバランス」から、30代が最もメンタルヘルス不調者が多いとされていました。
しかし、2012年以降は年代による差が平準化し、前回(2023年)調査で10~20代が急伸、今回調査でも最多を維持しています。
背景にある可能性
この若年層のメンタルヘルス不調者増加の背景として、特にコロナ禍中に入社した世代が、テレワークなどの影響で対人関係の構築や仕事のスキルを十分に積み上げられなかったことが指摘されています。
これにより、成長実感や達成感を得にくく、孤立感や孤独感を感じやすい状況にあると考えられます。
また、「心の病」が増加傾向にある企業は全体で39.2%と、前回調査(45.0%)よりはわずかに低下したものの、依然として約4割という高水準を維持しています。
これは、職場・働き方の変化が一時的なものではなく、新たなトレンドとして定着しつつあり、従来のメンタルヘルス対策では十分に対応できていない可能性を示唆しています。
この変化に対応した、新たなメンタルヘルス対策が早急に対応すべき課題となっています。
今後の対策の方向性
企業は、10~20代の若年層に対して、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)やメンター制度の充実、定期的な対話の機会の設定などを通じて、組織との「つながり」や「成長実感」を提供することが特に重要となります。
単なる不調者対応にとどまらず、若年層が職場で安心して働き、キャリアを築いていけるような積極的な支援が求められます。
ウェルビーイング経営への進展と評価の壁
企業のメンタルヘルスへの取り組みは、不調者をケアする対症療法から一歩進み、従業員の活力や働きがいを高める方向、すなわち「ウェルビーイング経営」へと広がりを見せています。
ウェルビーイング施策の目的
ウェルビーイング向上施策の目的を尋ねたところ、「従業員の心身の健康維持・増進」(65.9%)と並んで、「従業員エンゲージメント向上」(62.9%)が6割超と高い水準となりました。
これは、多くの企業が、ウェルビーイングを単なる健康維持だけでなく、エンゲージメント向上を支える概念として捉え、推進していることを明確に示しています。
従業員が心身ともに健康で、かつ、仕事に対して積極的に貢献したいと思える状態を目指す、という姿勢の企業が増えている実態が浮かび上がっています。
施策推進上の大きな課題
しかし、施策推進上の課題としては、「費用対効果が不明確」(45.0%)や「評価指標の設定が難しい」(43.8%)が上位となりました。
これは、ウェルビーイングへの投資効果や、その進捗状況をどのように測定し評価するかについて、多くの企業が立ち止まっていることを示しています。
ウェルビーイング経営を本格的に推進するためには、健康やエンゲージメントといった目的を反映した適切な効果指標を設定し、PDCAサイクルを回していくことが不可欠です。
まずは自社においてウェルビーイングをどのように定義し、どのような状態を目指すのかを具体的に議論することが、評価課題の解決に向けた第一歩となります。
「理念浸透」がメンタルヘルスを左右する
「組織風土・取り組み」と「心の病の増減傾向」のクロス集計からは、組織の根幹に関わる重要な示唆が得られました。
「会社の理念や経営方針が従業員に浸透しているか」という質問に対し、「(あまり)そう思わない」と回答した企業では、「心の病」が増加傾向にあると回答した割合が50.0%に上りました。
これに対し、「(やや)そう思う」と回答した企業での増加傾向は34.2%であり、15ポイント以上の大きな差が見られました。
この結果は、「個人で仕事をする機会が増えた」企業や「組織・職場とのつながりを感じにくくなった」企業よりも、「理念や経営方針が浸透していない」企業のほうが、メンタルヘルスの課題を抱えている比率が高いことを示しています。
理念浸透の重要性
企業理念や経営方針の浸透は、従業員が「自分は何のために働いているのか」「この会社が目指すものは何か」というアイデンティティを形成し、自身の仕事に見通しや意義を見出す上で極めて重要です。
この基盤がしっかりしていると、一時的な仕事の困難や環境の変化に直面しても、精神的な安定を保ちやすく、結果としてメンタルヘルスにも良い影響を与えると考えられます。
企業は、単に理念を掲げるだけでなく、それが日々の業務や評価制度にどのように結びついているのかを具体的に示し、従業員一人ひとりに「腹落ち」させる取り組みを強化する必要があります。
ストレスチェック制度の「集団分析」が活かせていない現状
2015年の制度導入から10年が経過したストレスチェック制度ですが、依然として「集団分析結果の活かし方」が、最多の企業(65.3%)で課題として挙げられています。
これは、制度導入直後の2017年調査から傾向が変わっておらず、この課題の重要性がさらに高まっていることを示しています。
制度の課題と懸念
集団分析の結果は得られても、それを具体的な職場環境改善にどうつなげればいいかがわからない、という問題が根底にあります。
「高ストレス者への面接以外のフォロー」(35.9%)、「医師面接勧奨者が面接を希望しないこと」(31.8%)も課題です。
これは、リスクが高いと判断された人へ必要なケアが十分に届いていない、という組織運営上の懸念材料です。
メンタルヘルス対策は、組織対応と個人対応の両輪で取り組むべきものです。
しかし、集団分析を職場改善に結びつける「組織対応」と、高ストレス者へのフォローを徹底する「個人対応」の両面で課題が残されたままとなっています。
今後求められる対応
集団分析の結果を現場レベルで活かすためには、分析結果のフィードバックと同時に、具体的な改善アクションの提案と支援が必要です。
たとえば、職場の特徴に基づいた改善策の選択肢を提供したり、現場管理者が改善活動を推進するためのトレーニングやコンサルテーションを強化したりすることが有効です。
また、面接を希望しない高ストレス者に対しては、産業保健スタッフによる個別の声かけや、より受け入れやすい多様なサポートメニューを検討するなど、フォロー体制の強化が求められます。
今回の調査結果は、メンタルヘルス対策が「対症療法」から「活力向上」へとシフトすべきときが来たことを示しています。
今、企業が取り組むべき最優先課題
今回の調査結果は、メンタルヘルス対策を「対症療法」から「活力向上」へと戦略的に転換する必要性を示しています。
特に、10~20代のメンタルヘルス不調者増加は構造的な課題であり、早急な支援が求められます。
また、企業理念の浸透こそがメンタルヘルスの安定に不可欠な土台であり、「理念浸透」と「集団分析に基づく環境改善」の強化が、最優先課題です。
データが示す教訓を活かし、組織と従業員が一体となって、従業員の活力が最大限に発揮される「働く基盤」を再構築しましょう。
<参考>
公益財団法人日本生産性本部「第12回『メンタルヘルスの取り組み』に関する企業アンケート調査結果(2025年11月10日)」
















