
2026年2月に、薬価が国内最高の約3億497万円の「エレビジス」というデュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子治療薬が保険適用承認されたというニュースが話題となりました。
3億円という高額な薬の登場に驚かれた方も多いと思います。
今回は、遺伝子治療の発展が社会や働くことにどのような影響を与えるのか、考えてみたいと思います。
「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」と「エレビジス」とは?
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、筋肉を支えるたんぱく質であるジストロフィンが体内で生成できなくなる遺伝性疾患です。
原則男児に発症し、男児出生3,000名に1名程度の頻度といわれています。
幼児期に運動機能の遅れが見られ、徐々に歩行や呼吸に影響が出て、症状が進行していくと車椅子や人工呼吸器を使用する場合が多いです。
エレビジスは、このジストロフィンと同じような働きをする遺伝子を体内の筋細胞に届ける遺伝子治療薬です。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者全員がエレビジスを投与できるわけでなく、年齢や症状の重症度など複数の条件を満たす場合のみ投与ができます。
また、1回の投与で長期的な筋力改善が期待できるとされています。
ただし、完全に治るわけではなく、症状の進行を遅らせ、生活の質を支える治療と理解することが重要です。
遺伝子治療の発展によってなにが変わる?
医療の進歩によって、難病や遺伝性疾患など、進行性の病気を持つ人の働き方は大きく変わりつつあります。
これまでは、「病気が進むと働き方を大きく変えざるを得ない」というイメージが一般的でしたが、その人の状態に合わせて働き方を変えていけるように法整備がすすめられています。
例えば、体調が安定している時期は周囲と同じ働き方を続け、症状が変化する時期だけ勤務時間や業務内容を調整する、在宅勤務や短時間勤務を組み合わせ、無理のないペースで働くなど、多様な働き方が可能になっています。
また、障害者雇用や合理的配慮といった制度については、以前よりも柔軟な運用が広がりつつあるといわれています。
合理的配慮とは、働くうえでの困りごとを減らすための調整のことです。
疲れやすさに合わせた業務量の調整や在宅勤務の活用など、特別なことではなく、誰にとっても役立つ工夫が多く含まれています。これは、病気のある人だけでなく、誰にとっても働きやすい職場づくりにつながる動きです。
あわせて、車椅子や人工呼吸器を使用する方が働くことを支えるため、近年、重度訪問介護(常時介護を必要とする方の生活全般を支援するサービス)のあり方が変わりつつあります。
以前は「自宅での生活を支えるための制度」の側面が強く、職場や通勤での利用は原則として認められていませんでした。
しかし、2020年10月から、雇用施策と福祉施策が連携した新しい仕組みが始まり、条件を満たす場合には、仕事中や通勤時にも介助を受けられるようになりました。
この制度の大きな特徴は、企業と自治体が協力してサポートを行う点にあります。
企業によるサポート(雇用施策)
企業が重度訪問介護の事業者に介助を依頼した場合、JEED(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)から職場介助助成金や通勤援助助成金が支給されます。
これにより、職場での文書の作成・朗読、機器の操作・入力等の職場介助、通勤の付き添い(3ヶ月目まで)といった支援が可能になります。
自治体によるサポート(福祉施策)
上記の助成金だけではカバーしきれない、喀痰吸引や姿勢の調整、また4ヶ月目以降の継続的な通勤支援などについては、市町村が実施する「重度障害者等就労支援特別事業」によって補完されます。
これにより、車椅子や人工呼吸器を使用している方でも、会社の一員としてオフィスに出社したり、在宅で専門的な業務を担ったりすることが現実のものとなっています。
現在、これらの施策をすべての自治体で実施しているわけではありませんが、制度の発足以降、事業を展開する市町村は増えてきています。
こうしたサポートの広がりにより、障害の重さにかかわらず、自分の能力を社会で活かせる環境が整いつつあります。
安心して働ける環境をつくるために
産業保健の役割は、病気そのものの診断や治療の管理ではなく、「働く人が安全に、健康に働ける環境をつくること」です。
遺伝子治療のような新しい医学的進歩が出てくると、職場での配慮や働き方も変わる可能性があります。
社員一人ひとりのライフコースが多様化する中で、産業保健の視点はますます重要になります。
社員全員が健康で働き続けられるよう、企業や保健スタッフが医学の進歩と働き方をつなぐ橋渡し役になることが求められます。
<参考>
・小児慢性特定疾病情報センター「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」
・中央社会保険医療協議会「再生医療等製品の保険適用について」
・厚生労働省「重度障害者等に対する通勤や職場等における支援について」
・厚生労働省「重度訪問介護利用者の働き方と企業による配慮の好事例集」



















