2023年1月から、手術・移植・透析の記録や電子処方箋が全国の医療機関で確認できるようになる見込みです。
厚生労働省や経済産業省、総務省など、国が総力を挙げて推進している「PHR活用」の一端で、順次拡大運用されています。
これまでのPHR活用として、2021年3月からマイナンバーカードを健康保険証として利用できるようになりました。
また、その申し込みをした方については、同年10月以降、マイナポータルで2020年度以降の特定健診結果(40歳以上対象)の閲覧運用が進んでいます。
そこで今回は、PHRとは、働く人々にとってのPHRのメリット、PHRの課題について説明していきます。
PHRとは?「Personal Health Record」、つまり「生涯健康手帳」
PHRは「Personal Health Record」を略したもので、日本語ではパーソナルヘルスレコードと呼ばれています。
デジタルを活用して、生涯にわたって時系列的かつ統合的に個々人の健康・医療・介護に関する情報を記録し、自身の手元で管理するのがPHRの考え方です。
PHRは、母子手帳や学校健診、職場健診、高齢者健診といった健診データだけでなく、医療機関が実施した検査や治療の医療情報記録EHR(Electronic Health Record:電子健康記録)も包括するしくみです。
はたらく人々にとってのPHRのメリット
実際にはたらく人々にはどのような場面でPHRのメリットがあるのでしょうか。
ここでは3つの場面をご紹介いたします。
1. 救急対応の場面
はたらく人々は毎年職場の健康診断を受け、多くの場合その結果を紙面で受け取っています。
しかし、その結果を残さずに捨ててしまうことが多いのが実情です。
そんな健診データを活用できる場面があるのです。
たとえば職場健診で血液検査を受けた後、虫垂炎(ちゅうすいえん)や肺炎など、急激に発症し、かつ経過の短い疾患で受診をしたとします。
その際、PHRで健診データを閲覧できると、その数値と現在の症状を照らし合わせながら、必要な検査の絞り込みが可能になります。
PHRに現在服用中の薬剤情報なども登録されていたら、重複した薬剤の投与も回避できます。
つまり、救急対応時の効率化や医療費の削減にもつながります。
2-1. 治療と仕事の両立の場面(はたらく人編)
PHRは家庭で測定した血糖値や血圧などに加え、運動や食事も記録しておくことができます。
疾病を持ちながらはたらく人々にとって、医療を受ける際に全体像を把握してもらいやすく、より実践的な指導や援助を得やすくなるわけです。
蓄積された測定値や生活の記録を見直し振り返ることができるのは、本人にとっても治療継続のメリットになります。
また、よりよい治療方法を選択するためにセカンドオピニオンを得ようとするときにも、PHRがあれば診療情報提供書が不要となります。
医療者・当事者双方にとって負担や時間の削減につながります。
2-2. 治療と仕事の両立の場面(企業編)
今後、少子高齢化による労働人口の減少の結果、定年延長、さらには労働者の高齢化が予想されます。
それに伴い、疾病を持ちながら治療と仕事を両立する人や長期休職後の復職をする人も増えるでしょう。
病気を抱えながら仕事を続けていくには、いつ頃どのような対応が必要になりそうか、中長期的な視点で配属部署や人事部門、産業保健スタッフなどの多職種の連携した支援戦略が重要になってきます。
PHRは多職種間で現状を共有し、職場支援を構築していくうえで大切な情報源にもなります。
3. 職業性疾患発症への補償の場面
石綿(アスベスト)に暴露する業務に従事する人は、職業疾患として肺がんや中皮腫を発症しやすいため、有害業務従事者が対象となる特殊健康診断を受けます。
この健診結果や作業記録の保存期限は40年と定められています。
しかし中皮腫は暴露から40年以上経過してから発症することもあります。記録が残っていないと本来受けられるはずの補償も受けられなくなってしまいます。
そんな時に、PHRの蓄積したデータは大いに役立ちます。
PHRの課題
日本の現時点でのPHR活用は、利用者が自身の健康にかかわるデータを測定し、アプリ上で記録・閲覧を行うものが多くなっています。
医療情報も含めた統合的情報共有化の構想実現には、個人情報の保護や情報セキュリティなど安全性の課題があります。
また、健康増進や病気対策といった「非薬物的」な分野では、安全性や有効性の証明に関するルールは明確になっていません。
科学的な根拠が示されないアプリや、利用者に誤解を与えかねない表示も見受けられます。
経済産業省は2022年度、効果の検証方法や適正な表示方法に関する企業向けの指針作りに着手しました。
利用者が効果に科学的な根拠がある商品やサービスを見分けるのは難しいことではありますが、現状での安全性・信頼性の課題を知っておくことは、サービス選別の一助となるでしょう。
たとえば、マイナンバーカードはマイナンバーを知られても個人情報を一元管理するしくみではないため、悪用は困難とされています。
このように情報管理がどのようにされているのかなど、自ら安全性・信頼性を確認して大切な個人情報は自分で守るだけでなく、常に目の前の情報は正しい情報なのかを選別しようとする姿勢が必要です。
<参考>
・ 経済産業省「PHR(Personal Health Record)サービスの利活用に向けた国の検討経緯について」
・ 厚生労働省国民の健康づくりに向けたPHRの推進に関する検討会(第1回)「PHRに関するこれまでの経緯と検討の進め方について」
・ JIPDEC電子情報利活用研究部主査 上河辺康子「国内ヘルスケアサービス動向とPHR利活用について(PDF)」
・ 経済産業省「ヘルスケアサービスガイドライン等のあり方」
・ 渡辺秀介、高田篤史「PHR活用による健康管理」(「知的資産創造」2020年7月号、野村総合研究所)
・ 織田進「こんなワザが知りたかった!Web活用で効果アップをねらう社員の健康支援 労働者の健康支援にPHRの活用を」(「産業保健と看護」2022年2号)
・ 武藤剛「どう進める?両立支援 第4回 両立支援の現場の中長期的視点の戦略から」(「安全と健康」2022年4月号)