働き方の多様性を担保できるか?厚生年金、健康保険のあり方

2024年7月3日、厚生労働省は「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会 議論の取りまとめ」(以下、取りまとめ)を公表しました。
2024年2月から7月に行われた「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」での議論を取りまとめたもので、以下の3つの観点から、被用者保険(厚生年金保険、健康保険)のあり方や、今後の検討の方向性などが示されています。

(1) 短時間労働者
(2) 個人事業所
(3) 複数の事業所で勤務する者、フリーランス、ギグワーカーなど、多様な働き方

今回は上記のうち、(1)短時間労働者、(3)複数の事業所で勤務する者、フリーランス、ギグワーカーなど、多様な働き方についてわかりやすく解説します。

短時間労働者~2024年10月からは従業員51人以上の企業の労働者も対象に~

適用要件は段階的に引き下げ

まずは、短時間労働者についてみていきます。
もともと被用者保険は、一般的な労働者の4分の3以上の労働時間で働く労働者を適用対象としてきました。
しかし、女性の短時間労働の増加や、いわゆる就職氷河期世代における非正規雇用労働者の増加などを受けて、2000年代頃から短時間労働者にまで適用範囲を拡大する検討が進められ、2016年10月には、従業員501人以上の企業において、以下の要件を満たす短時間労働者に適用対象が拡大されました。

・ 週労働時間20時間以上
・ 月額賃金8.8万円以上
・ 雇用期間1年以上見込み
・ 学生でないこと

続く2017年4月には従業員500人以下の企業でも、労使の合意があれば企業単位で適用拡大が可能となる改正が、さらに2020年の年金制度改正では、「雇用期間1年以上見込み」の要件を撤廃するとともに、2022年10月から従業員101人以上の企業、2024年10月から従業員51人以上の企業へと規模要件の段階的な引き下げが行われていきました。

厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業状況(事業月報)」によると2024年1月末時点はでおよそ91.5万人の短時間労働者が被用者保険に加入しています。
その一方で、2023年5月に発表された独立行政法人労働政策研究・研修機構「働き方に関するアンケート調査」結果によると、第3号被保険者(被保険者の配偶者)のうち、およそ48%が、「手取り収入が減少するから」、「健康保険の扶養から外れるから」といった理由で適用を回避していることがわかります。

今後の検討課題

前述のとおり、短時間労働者の被用者保険についてはいくつかの要件が定められていますが、現在、これらの見直しが検討の対象となっています。
まず「週労働時間20時間以上」については、2028年10月より雇用保険の被保険者の要件が、「10時間以上」に変更されること、また「20時間未満」であっても2つめの要件「月額賃金8.8万円以上」を満たす場合が出てくることなどを踏まえて、「すべての労働者」を対象とする意見が、懇談会では出されました。
一方では、被用者保険が適用拡大されることにより、企業の保険料や事務負担が増加することや、労働者同士の連帯感の観点などから慎重な検討が必要という声も聞かれています。
さらに、「月額賃金8.8万円以上」についても、労働時間同様に要件を撤廃する意見、企業の負担増加などから慎重な検討が必要との声が出ています。

複数の事業所で勤務する者、フリーランス、ギグワーカーなど、多様な働き方

適用判断は「事業所単位」の現在

総務省「令和4年就業構造基本調査」によると本業も副業も雇用される形で働いている労働者、つまり複数の企業で雇用されている労働者は、2022年時点で、およそ169.8万人います。
現在、被用者保険の適用は事業所単位で要件を満たすか判断するため、複数の事業所で働いていても労働時間は合算されず、各事業所の勤務状況に応じて適用を判断されています。
懇親会では、現在の事業所単位の適用要件について、複数事業所の「合算」に変更することが、すべての労働者に被用者保険を適用する観点から望ましいとの意見が出た一方、事業所側で勤務状況を把握するのが困難であることや事務負担の大きさなどの課題が指摘されました。

業務委託契約ながらも実態は被用者のフリーランス

また、昨今一般的に聞かれるようになった言葉に「フリーランス」があります。一言で「フリーランス」といっても、その実態はさまざまで、業務委託契約でありながら、実態としては被用者(労務を提供し、その対価として給与や賃金を受ける使用関係)と同様の働き方をしている者については、本来、被用者保険が適用されるべきとされています。こうした考えを受けて、2023年には、労働基準法上の労働者に該当する場合については、被用者保険においても被用者と認められることが明確化されることになりました。
懇親会では、前記にあてはまらない者(労働基準法上の労働者に該当しない働き方をしているフリーランス)であっても、労働者に近い働き方をしているケースがあることから、「労働者性・被用者性の概念」の整理の必要性が指摘されています。

さいごに

今回は、「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」の取りまとめについてわかりやすく解説しました。
現状を見ると、「働き方の多様性」が言葉として広く浸透し、実際にさまざまな働き方を選択されている方が注目を集めている一方で、セーフティーネットである「被用者保険」については実態に追いついていない印象があります。
この背景には、そもそも被用者保険の適用範囲が1922年に「制度実施が比較的容易と考えられた」工業的事業から始まったこと、つまり「導入しやすいところ」からスタートしている点も影響しているのではないかと考えられます。
今後も「産業保健新聞」では検討を追いかけ、随時情報をお伝えしていきます。

<参考>
・ 厚生労働省「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会 議論の取りまとめ」
・ 厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業状況(事業月報)」
・ 独立行政法人労働政策研究・研修機構「「働き方に関するアンケート調査」結果」
・ 総務省「令和4年就業構造基本調査」

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蜂谷未亜株式会社ドクタートラスト 編集長

投稿者プロフィール

出版社勤務を経てドクタートラストに入社。産業保健や健康経営などに関する最新動向をいち早く、そしてわかりやすく取り上げてまいります。
【ドクタートラストへの取材、記事協力依頼、リリース送付などはこちらからお願いします】

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