働く高年齢者の労災対策報告書骨子案、提示~厚労省「第4回人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」~
- 2019/12/3
- 産保新聞ニュース
日本では少子高齢社会の到来により人口が減っていく中で、高齢者の働く意欲が高い傾向にあり、過去10年間で60歳以上の雇用者数は1.5倍に増加しています。
その一方で実際に65歳以上の就業率は低いのが現実です。
今後さらに高齢化率が上昇し続け、人生100年時代を迎えると言われている昨今、70歳までの就業機会確保にむけ、定年の延長や継続雇用制度の整備を始められています。
単に「働くことのできる期間が伸びる」だけではなく、高年齢者に現れがちな体力や集中力などの弱点を補えるような、健康に高年齢者が働き続けるための環境整備や安全衛生対策が必要となってきます。
これらに向け、2019年11月27日、「第4回人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」が開催され、「働く高年齢者の労災対策報告書骨子案」(以下、高年齢者労災対策報告書骨子案)が示されました。
過去の議論の状況はこちらを参照ください。
高年齢者労災対策報告書骨子案では、働く高年齢者をめぐる安全や健康に関する現状と課題を明らかにしたうえで、それらに対して「働きやすい職場環境を実現するため、労使の取り組みを促進するためのガイドラインを取りまとめることが適応である」として、事業者と労働者の実施事項の両面から盛り込むべき事項を示しています。
働く高齢者の状況を踏まえた配慮「健康診断の事後処置」
平成当初の定期健康診断の有所見率は約20%であったにもかかわらず、平成30年の有所見率は55.5%と年々高くなっている現状があります。
項目別で見ると、顕著に上昇しているのは「血圧」「肝機能」「血中脂質」です。
これら有所見率の上昇は高齢化の影響を受けており、高年齢者の脳・心臓疾患の発生リスクが高まりつつあるとわかります。
脳・心臓疾患の原因となる基礎疾患によっては、労働時間の短縮や深夜労働の回数減少などの就業上の措置が必要です。
その際に、以下の点に留意することをガイドラインに取り込むよう、高年齢者労災対策報告書骨子案では提言がなされています。
・ 健康診断や体力テストの結果、年齢による体力の低下などにより作業環境・方法を見直す必要がある場合は、医師等の意見を聞いて実施すること
・ 労働者に対して、体力の回復や改善のための方策につき指導を行うこと
・ 就業上の措置を実施する場合は、当人から意見を聴き、十分な話し合いを通じて理解を得られるようにする努めること
労災の予防策としての社内教育「安全衛生教育」
高年齢者労災対策報告書骨子案では、ガイドラインに含める事項の一つとして、高年齢労働者が健康で安全に働き続けるための安全衛生教育についても示唆されてました。
特徴的だったのが以下のように、高年齢労働者に対しての教育方法が盛り込まれている点です。
・ 高齢者を対象にした教育については、作業内容とそのリスクを理解させるため、若年者よりも時間をかけ、写真や図、映像等の文字以外の情報を活用
・ 経験のない業種、業務に従事する高齢者には、特に丁寧なジョブトレーニングを行う
多くの高齢者が抱える問題として、体力だけでなく、視力や集中力、認知力の低下が考えられます。
高年齢労働者の多くに見られる転倒災害は、「何もなさそうな場所」で発生していることが多く、以下のような工夫も必要です。
・ 床には何も置かない
・ 建物内外の階段の段数を増やして段差を小さくする
・ 部屋そのものを明るくする
・ 安全標識や危険箇所の表示をする
また、脳・心臓疾患が発生した場合に、社員全体が適切な対応ができるよう、職場においてAEDの使用に関する研修などの緊急時の対応を教育することも高年齢者労災対策報告書骨子案では触れられています。
事業者だけでなく、労働者側の労災予防も必要不可欠
事業者側が「高年齢労働者が安全に働き続けられるための職場環境づくり」のために、体制を整備、配慮をしていても、労働者側の協力なしには実現にはつながりません。
平成28年国民生活基礎調査によると、自分が「健康だと思っている」と答えた60代は男女ともに80%を超えています。
一方では、同調査において健診や人間ドックを受けたものの割合は60~70代では60%台と低くなっています。
現実としては、労働災害による休業4日以上の死傷者数のうち、60歳以上の労働者割合は増加傾向にあり、2018年位は26.1%を60歳以上が占めています。
高年齢者労災対策報告書骨子案では、高年齢者自身に対しても次のような提言がなされました。
・ 自分の身体機能や健康状況を客観的に把握し、健康や体力の維持管理に努める
・ 特に、事業者が行う法定の定期健康診断を必ず受けること
・ 日ごろからストレッチや足腰の柔軟体操、ラジオ体操等を行い、基礎的な体力の維持および生活習慣の改善に取り組む
・ 職場で一斉に実施するもの以外にも、たとえば、転倒予防体操など各事業場の実情に応じたものを、意識的に通勤時間や休憩時間に取り入れることが望ましい
「自分は大丈夫」という意識が命取りになることがあります。
2020年春に向けたガイドライン作成に向け、今から事業者と労働者が一体となって積極的に「高年齢者の労働災害対策」に取り組むことが求められます。
そして、これらの安全に働きやすい職場環境づくりへの取り組みは、高齢者に対してだけでなく、性別や年齢、ワークスタイル、国籍にとらわれず、様々な立場で働く者にとって、働きやすい環境が実現することにもつながるでしょう。
<参考>
・ 厚生労働省「第4回人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」
・ 総務省「労働力調査」
・ 内閣府「第8回高齢者の生活と意欲に関する国際比較調査」
・ 公益社団法人全国労働衛生団体連合会「定期健康診断項目別有所見率」
・ 牧野茂徳「定期健康診断有所見率の上昇と労働者の高齢化との関連」
・ 厚生労働省「平成28年国民生活基礎調査」