日本に似たフランスの産業医制度
働く人たちの健康を守るため、日本には産業医制度がありますが、国際的に見ると、日本に最も似た制度をもっているのはフランスです。
両国とも産業医は専門教育を経た専門医であり、主な職務は健康診断の実施やその結果に基づく措置、職場巡視、健康教育、職場環境改善の提案など共通点が多くあります。
日本の産業医は労働者50人以上の事業場をカバーするのに対して、フランスの産業医は全労働者をカバーすることになっており、わが国より手厚い制度といえるかもしれません。
このような産業医制度をもつフランスで、産業医が実際に活躍している様子が伝わってくる1冊の本を見つけました。
『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』(紀伊國屋書店)
著者は、マリー=フランス・イルゴイエンヌという精神科医です。
1998年発刊の前著『モラル・ハラスメント――人を傷つけずにはいられない』(紀伊國屋書店)は、世界13カ国で翻訳されるベストセラーとなりました。
この本の影響力は甚大で、「モラル・ハラスメント」という概念がヨーロッパ中に普及したことにより、2002年にはフランスで労働におけるモラル・ハラスメントを規制・処罰する法律が制定されるに至りました。
ここでいう「モラル・ハラスメント」とは、「職場で行われている精神的な暴力」といった意味です。
わが国のセクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメント等のハラスメントが概ね含まれる概念であると考えていただいて構いません。
ハラスメント時、産業医に助けを求める人39%
前著の大ヒットにより、著者の診療所には、モラル・ハラスメント受けた被害者から手紙やメールが数多く届きました。
その方々にアンケートを送ると、350人中193人から回答がありました(回答率55%)。
その結果が『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』に掲載されています。
アンケートの中に、「職場内部」の誰に助けを求めたかを尋ねる次のような質問があります。
「モラル・ハラスメントの被害にあっていると気づいた時、職場内部の誰に助けを求めたか?」「その時、実際に助けてくれたのは誰か?」(複数回答)
1位 労働組合に助けを求めた人 40%(実際に助けを得られた人10%)
2位 産業医に助けを求めた人 39%(実際に助けを得られた人13%)
3位 同僚に助けを求めた人 39%(実際に助けを得られた人20%)
4位 上司に助けを求めた人 37%(実際に助けを得られた人5%)
5位 人的資源部に助けを求めた人 19%(実際に助けを得られた人1%)
「産業医」が2位というこの結果に、私は少なからず驚きました。
日本に同様の調査がないか探してもなかなか見当たりませんが、もし日本で調査をしたら、産業医はここまで上位に上がらないのではないでしょうか。
一般医、精神科医もハラスメントと向き合っている
さらに、「職場外部」の誰に助けを求めたかを尋ねる質問もあります。
「モラル・ハラスメントの被害にあっていると気づいた時、職場外部の誰に助けを求めたか?」「その時、実際に助けてくれたのは誰か?」(複数回答)
1位 一般医に助けを求めた人 65%(実際に助けを得られた人42%)
2位 精神科医に助けを求めた人 52%(実際に助けを得られた人42%)
3位 弁護士に助けを求めた人 35%(実際に役に立ったと感じた人18%)
4位 労働監督官に助けを求めた人 32%(実際に助けを得られた人10%)
一般医に65%の人が、精神科医に52%の人が支援を求めているという結果ですが、これもかなり高い数字のように感じます。
「実際に助けを得られた人」が両者とも42%に上っており、職場のハラスメント問題に医師がしっかりと関わっているフランスの社会状況が目に浮かびます。
それに比べて、日本はどうでしょうか。
日本もハラスメントという概念が普及しつつあり、職場におけるハラスメント問題は増加の一途をたどっています。
しかし、産業医を始めとする医師は、働く人のハラスメント問題にしっかりと向き合っているでしょうか。
「労働安全衛生」という従来の枠組みにとらわれるならば、ハラスメント問題は産業医業務の埒外ですが、働きやすい職場環境をつくっていくうえで、ハラスメントの予防と解決は避けて通れません。
ぜひ日本の産業医にもハラスメント問題に強くなっていただき、職場内で一層の存在感を放てるよう強く希望します。